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最高裁判所第一小法廷 昭和41年(オ)602号 判決 1968年3月07日

上告人

和泉積隆

代理人

三宅仙太郎

被上告人

金井ナツヨ

主文

原判決を破棄する。

本件を広島高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人三宅仙太郎の上告理由第一点について。

原審の適法に認定した事実関係は、次のとおりである。

上告人は、訴外中光二郎の被上告人に対して負担する原判示借受金債務につき連帯保証をするとともに、右債務の担保のため、原判示甲、乙両号物件について抵当権を設定しようとした。しかし、右物件中乙号物件(宅地)は当時土地区画整理の対象となつていて抵当権設定登記をすることができなかつたため、甲号物件(建物)についてのみ抵当権を設定し、乙号物件について、担保の目的を達するため土地区画整理組合に対して所有名義の変更手続をしたが、甲号物件については、上告人において右抵当権設定と同時に被上告人に対して同物件の売渡証のほか所有権移転登記に必要な書類をも交付し、両者間に、代物弁済予約という形態をとる約定、すなわちもし債務の本旨に従う履行がされない場合には被上告人の意思表示をまつて甲号物件の所有権を被上告人に移転し、また右甲号物件が被上告人の所有に帰するときをもつて乙号物件をも被上告人の所有に帰せしめる形態の約定がなされた。被上告人は、約定弁済期が徒過された後、上告人に対して甲号物件につき所有権移転登記をしたい旨を告げた。

そして、原審は、右認定事実に基づいて、右両号物件は被上告人の右所有権移転登記を求める旨の意思表示により確定的に被上告人に移転し、もはや上告人において右物件の返還請求をしえなくなつたものと判断し、現に被上告人の所有名義になつている右物件について債務の弁済と引換えにその所有権移転登記を求める上告人の本訴請求を排斥しているのである。

しかし、貸金債権担保のため不動産に抵当権を設定し、これにあわせて該不動産につき停止条件付代物弁済契約または代物弁済の予約を締結した形式がとられている場合において、契約時における当該不動産の価額と弁済期までの元利金額とが合理的均衡を失するようなときには、特別な事情のないかぎり、そのいうところの代物弁済契約は、本来の代物弁済とは全くその性質を異にし、その実質は担保権設定契約と同視すべきものであつて、債権者としては、もし債務者が弁済期に弁済しないときは目的物件を換価処分し、これによつて得た金員から債権の優先弁済を受け、もし換価金額が元利金額を超えればその超過分はこれを債務者に返還する趣旨であるとともに、債務者としては、停止条件成就ないし予約完結後であつても、債権者の換価処分前には債務を弁済して目的物件を取り戻しうる趣旨であると解すべきことは、当裁判所の判例とするところである(昭和四〇年(オ)第一四六九号、同四二年一一月一六日第一小法廷判決・裁判所時報四八六号一頁参照)。

そこで、本件をみるに、上告人は、被上告人に対して原判示借受金の弁済のため本件両物件を担保に供し、当事者の本来の意思はいずれもこれについて抵当権を設定するにあつたが、前示認定の経過により両者はその法律的形態を異にするにいたり、甲号物件については抵当権を設定するとともに、代物弁済予約の形態がとられ、乙号物件についても、抵当権を設定する意図を有しながら、これについて直ちに所有権移転登記手続を経由するの形態がとられたものと解せられ、両者は担保としての実質を同じくするものと認められる。しかも、記録によれば、上告人において右契約当時の右物件の価額と弁済期までの債務元利金額とが均衡を失するかどうかの点につき主張立証をしようとした趣旨を窺えなくもない。そうだとすれば、右物件の価額と弁済期までの元利金額とが合理的均衡を失するならば、特別の事情のないかぎり、被上告人としては、右物件を換価処分してこれによつて得た金員中から元利金の弁済を受けうるにとどまるものというべく、したがつて、上告人としては、被上告人が右物件を換価処分するまでは、債務を弁済して右物件を取り戻しうべきものであつたといわなければならない。原審は、すべからくこの点について釈明権を行使すべきであつたのである。

しかるに、原審は、叙上の点につき釈明権を行使して審理を尽くすことなく、前記認定の事実関係のみに基づいて、被上告人の意思表示により右物件の所有権が確定的に被上告人に移転し、爾後はもはや上告人においてその返還請求をなしえなくなつたものと判断しているのであるから、原判決には、審理不尽理由不備の違法があるものというべく、論旨は理由があり、その余の論旨に対する判断をまつまでもなく、原判決は破棄を免れない。

しかして、本件は、叙上の点につきなお審理を尽くす必要があるものと認められるから、本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(松田二郎 入江俊郎 長部謹吾 岩田誠 大隅健一郎)

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